おはようございます!亀井弘喜です。
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魚の目で見るか、鳥の目で見るか
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最近僕が、あちこちでシェアしている話の一つ。
それが「視点の高さ」です。
※当記事は数年前に書いたものを加筆修正しています
抽象か具体か、という表現に置き換えてもいいでしょう。
人生が行き詰まるとき、大概、その行き詰まっている本人の視点は低い状態です。
視点が低いと見えるものが限定されるのです。
ちょうど魚が目の前のものだけを見て泳ぐような状態です。
人生が飛躍するとき、もしくは行き詰まりを解消するとき、本人の視点は高い状態です。
視点が高いと、問題の本質が浮き彫りになるのです。
鳥が、世界全体を見回しながら飛んでいるような状態です。
視点が高ければ、人生を軽やかに飛べる。
だとするなら僕たちが学ぶ必要のある人生の科目は「視点の上げ方」です。
でも残念ながら、それは直接的に教わる場面は多くありません。
・親や先輩や上司とのかかわり
・読書や映画
・人生の試練を乗り越える経験
そういったものによってもたらされる程度でしょう。
自己啓発の領域や、学びの領域は、視点を上げるきっかけには最適です。
実際僕は、これまで学び始めてから何度も視点を上げて、その度に大きな成長を遂げてきました。
きっと2012年の独立当初の僕の視点と、今2019年の僕の視点は高さが大きく異なるはずです。
だから同じ話をしていたとしても意図が違うだろうし、
同じ話を聞いていたとしても受け取るものが違うのです。
僕が提供しているセミナーや講座は、詰まるところすべて「視点を上げる」効果・作用があります。
僕と出会うと気づきが生まれたり、癒されたり、会いたいと言ってくれる人が多いのは、その視点の高さにあるのではないかと気づいたのが昨日の食事会のことでした。
最高の視点とは何なのでしょうか。
それが、「かみさま」の視点であり、言葉を変えれば「愛」の視点だとも言えるでしょう。
僕は、愛で人を見ていたい。
愛で、自分の人生を見ていたいのです。
視点を低く、怖れのフィルターで世界を見れば、世界は怖れに満ちたものになります。
視点を高く、愛のフィルターで世界を見れば、世界は愛に満ちたものになるのです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
今日も素敵な1日をお過ごしください。
亀井 弘喜