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正当な罪悪感と不当な罪悪感

おはようございます!亀井弘喜です。

札幌お話会50人満席で完了!
手伝ってくれたセンターピース卒業生スタッフチームのみんなと写真を撮りました。

今日のメルマガです。

どうぞご覧ください。

↓↓↓

□■□―――――――――――――

◉今日のテーマ:

「正当な罪悪感と不当な罪悪感」

□■□—————————————

さて、前回のメルマガでは、
「自分の感情は自分のもの」
ということを書きました。

でもこういうことを書くと
質問として

「ではどんなにひどいことを
 しても謝る必要はないということですか?」

「どんなにひどいことを
 されても泣き寝入りするしかない
 ということですか?」

というのが来ることがあります。

僕の答えはシンプルです。

「謝る必要がある場面はあります。」

「泣き寝入りする必要はありません。」

***

その答えをわかりやすく
解説してくれた1冊の本があります。

「自分をゆるすということ」

という本です。

http://amzn.asia/51kLb5A

***

本屋で偶然見つけたこの本の中に

「正当な罪悪感と不当な罪悪感」

という一節を見つけました。

(P109から以下引用)

◉正当な罪悪感とは

社会の約束ごとを破った場合、
わたしたちは罪悪感を覚えるべきです。

たとえば酔っ払って無謀な運転をして
人を轢き殺してしまった場合、
それに対して罪悪感を覚えるのが当然です。

この場合、罪悪感こそがわたしたちが
まともな良心をもっていることの証です。

罪悪感はわたしたちの教師の役目を
果たしているのです。

◉不当な罪悪感とは

安全運転をしている最中に
突然自転車が目の前に飛び出してきて
避けることも車を止めることも
できずに相手を死なせてしまった場合、

その罪悪感は正当なものではありません。

打ちひしがれ、後悔の気持ちに
かられるのはもっともですが、
罪悪感を覚えるのは筋が違います。

この状況は罪悪感を抱くに値しない、
すなわち、私たちは罪悪感を覚える
必要がないのであって、

裁く自我にそのことを
伝えなければなりません。

なぜなら、わたしたちに非がなくても
裁く自我は事故が起きた途端、
まるで鬼の首でもとったかのように
声高に非難し始めるからです。

(引用ここまで)

***

日頃、クライアントから相談を
受けていて感じることは、

クライアントが抱える悩みと
そのものになっている罪悪感の多くは

「不当な罪悪感」

だということです。

不当な罪悪感を抱いているとき
人は冷静な判断ができません。

極端な判断や行動に出てしまうのです。

裁く自我の声をよく聞いて、
優しくその罪悪感は必要ないということを
伝えてあげること。

不当な罪悪感から解放されたとき
人生は大きく変わりだすのです。

◇◆◇◆◇◆

今日も最後まで読んでくださって
ありがとうございました。

素晴らしい1日をお過ごしください。

 

亀井弘喜

 

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